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花火のち晴れ
シンジ君がデレてる夏の夜。





僕は渚と夕食の買い物に来ていた。
今日も渚のところに止まる。渚のところに泊まるのはもう特別な事じゃない。

「渚、そろそろレジするよ?」
「ねー、シンジ君、これ何?」

渚の指差した先にある物。それは……

「ああ、花火?」
「花火?」

所謂手持ち花火というやつだ。
小さく花火コーナーと書かれたスペースの片隅に所狭しと色々な種類の花火が並べられている。

「うん。渚やったことないの?」
「ないよ。初めて見た。楽しいの?」
「楽しいっていうか綺麗、かな」
「ふーん」

しげしげと花火を見つめる渚は何だか可愛らしい。
だからついつい甘やかしてしまっている気がする。

「一緒にやる?」
「いいの?」
「うん。僕も久しぶりにやりたいし」

花火なんていつぶりだろう。最後にやったのはいつだっけ。

「色々あるけど、何か違うの?」
「色とか吹出し方とか微妙違うけど、そんなに気にすることじゃないよ。どれも綺麗だし」

第一気にしたところで外から見ただけじゃどんな吹出し方をするのかわからない。
花火を買う時に気にするのは量くらいだ。
ファミリーパックと書かれた手持ち花火のセットをかごに入れる。
二人でやるにはファミリーパックはやや多いかもしれない。
ちょっと買い過ぎかもしれないけど、花火を見たことないなら精一杯楽しんでほしい。

「楽しみだね」



なかなか沈んでくれなかった夕陽がすっかり落ちて、辺りには夜の帳か降りていた。

「シンジ君、それ重くない? 僕が持つよ」

僕が持っていた水の入ったバケツをすっと奪う。

「あ、いいのに」
「いいからいいから」
「じゃあ代わりに花火持つよ」

花火の入ったビニール袋なんて代わりに持つにしては軽すぎるけど。

「大丈夫。これは僕が持ちたいから」

湖の畔まで歩いていく。
花火についていた蝋燭を立てて火をつける。
今日は少し風があるからすぐ消えてしまうかもしれない。

「この蝋燭から花火に火をつけるんだよ」

見本がてら一本の花火を手に取って花火に火をつける。

「わ」

花火の先端が色付いた光を放つ。

「僕もやってみるよ」

すぐに渚の花火も光を放つ。

「綺麗だね、シンジ君」
「うん」

そうこうしてるうちに僕の花火が燃え尽きた。
花火が燃え尽きるのなんてあっという間だ。
古いのはバケツに突っ込んで、新しい花火を手にとる。
蝋燭の火は今にも消えそうだ。

「あ、シンジ君のそれ、さっきより勢いが激しいね」
「うん、色んなのがあるからね」
「へぇー、そうなんだ。よし、全部やってみよー」

渚の花火が終わり、古いのをバケツに捨てると花火を分けはじめた。

「何してんの?」
「これで全種類一本ずつあるかなって」

暗くてよく見えないんじゃないだろうか。
渚は分けたうちの一本に火をつける。
渚がもたもたしているから、その間に僕の花火も終わる。

「あ、シンジ君。蝋燭の火消えちゃったよ?」
「ああ、やっぱりね」

花火を持って渚の方へ行く。

「蝋燭つけないの?」
「渚から直接火もらうよ」
「え?」

渚の花火の激しく火を噴いている根元へ花火の先を近付ける。
すぐ僕の花火にも火が移る。

「あは」
「ん? 何、急に?」
「何か今のさ、喉渇いたから口移しで水貰うね、って感じみたい」
「は? き、君、馬鹿じゃない?」

今が夜で良かった。
多分いや絶対、今の僕は赤くなってる。

「えー、いきなり馬鹿はひどくない?」
「そんな風に言われたら火貰いにくい」
「えー、そう? 気にせずにどんどん貰ってよ」
「んー、まぁ、今は必要ないっていうか次消えるのは渚が先だと思うよ」
「あ、じゃあ、次は僕から貰うね」
「ああ、うん」

そんなことを言っているうちに渚の火が消える。

「じゃあ、シンジ君から火貰うね」
「う、うん」

渚が変なことを言うから何か変にドキドキする。

「っていうか近くない?」

肩と肩が触れそうな距離だ。

「だって、正面向き合って火貰えないでしょ? 火が噴き出してて危ないし」
「だからって、こんなに近付く必要はないんじゃない?」
「僕が近付きたいから」

この渚の笑顔に弱いんだろうなぁ、僕は。
惚れた弱み、以外の言葉が見つからない。
変にドキドキしながら火の貰い合いを繰り返してるうちに花火がなくなった。
多すぎるくらい買ったつもりだったんだけど、すぐになくなってしまった気がする。

「もう花火ないね」
「うん……ってこれ何?」
「ああ、線香花火だ」
「せんこうはなび?」
「うん」

ライターで線香花火に火をつける。

「へぇ、これはさっきと違うタイプだね」
「そう。気をつけないと落ちるんだよ」
「落ちる?」
「うん……あ」

喋っていたせいか、あっさり線香花火の火が地面に落ちてしまった。
今日は風があるから落ちやすいっていうのもあるだろうけど。

「落ちたね」
「うん、落ちるんだよ。最後まで落ちないようにするのが結構難しいんだよ」
「ふぅん。じゃあ頑張ってみるよ」
「うん」
「っていうか線香花火ばっかり残ったね」
「まぁ、それは手持ち花火とは楽しみ方が微妙に違うからいいんだよ」

手持ち花火がわいわい楽しむタイプだとすれば、線香花火はしんみり楽しむタイプだ。
眺めていると綺麗という点は一緒だけど。
単純にちょっと忘れてたっていうのもあるけど。
また線香花火に火をつける。
渚も頑張っているけれど、なかなか落とさずに最後までというのは難しいらしい。

「あ、ごほっごほっ」
「大丈夫、シンジ君!?」
「けむり……のどに……」
「大丈夫!? か、過呼吸!?」
「か、かこきゅうは……関係ない……」
「そう? 過呼吸になったらいつでも言ってね!」
「うん……」

渚を眺めすぎて煙を思い切り吸い込んだなんて馬鹿みたいだ。
何やってんだろう、僕は。

「シンジ君、落とさずに最後までできたよ!」
「えっ、すごいね。今日風あるから難しいと思ってたんだけど」
「うん、自分の体を風よけにしてみたりして頑張ったんだ」
「頭使ったね」
「何かシンジ君、時々僕を馬鹿にしてるんじゃないかって、心配になるよ」
「別に馬鹿にしてないよ」

馬鹿は僕な気がするし。
馬鹿っていうか渚馬鹿?
何か嫌だな、すごくバカップルっぽい。

「よし、もう一回」

意気込んで渚はまた線香花火を始めたけれど、風のせいか、最後までは続かなかった。
結局最後までいったのは一回きりだったみたいだ。

「終わっちゃったね」
「うん」
「何か寂しいなー」
「そうだね。でもここにじっとしてても仕方ないし帰るよ」
「うん……あ、シンジ君、星が綺麗だよ!」
「え?」

渚の指差した方には綺麗な星空が広がっていた。
街から少し離れているからだろうか。山の上とかもっと自然が一杯なところほどじゃないだろうけど、普段よりは星が多かった。

「ほんとだ……」
「あっ」
「え?」

突然渚が小さく叫ぶ。

「今流れ星だったよね?」
「いや、見てなかったけど」
「えー、見ててよー。っていうか何かお願いすればよかった!」
「ああ、でも三回も言えないんじゃない?」
「そんなことないよ。頑張ればいけるよ。もう一回流れないかなー」
「そんな偶然……あ」

星が流れる。
僕にも見えた。

「シンジ君シンジ君シンジ君!」
「何、今の?」
「どう? 言えてた?」
「いや、言えてなかったと思うけど」
「えー、言えてたってことにしてよ」
「例え言えてたとしてもそれで何が叶うって言うのさ?」
「そりゃシンジ君が色々してくれるんだよ」
「色々って何だよ?」
「そりゃこんな公の場では言えない様な事を……」
「うわぁ……さっき絶対言えてなかったから! その願い叶わないから!」
「えー、してよー! 今すぐここでとは言わないからさー! 帰ってからでいいからさー!」
「だーめ! 帰ったらお風呂入らなきゃ。火薬臭いだろ?」
「じゃあ、一緒に入ろうよ」
「えー」

少しだけ考え込む。
正確には考え込む素振りをしただけだ。
僕の心は多分決まっている。
僕は渚に甘いから。
でもここでいいよ、と言えるほど僕は素直じゃないから。

「しょうがないなー。僕は渚に甘いからなー」
「え、じゃあ……」
「次ちゃんと言えたらね」
「えー、それ甘いの? また流れないかなー」

多分また流れるなんて偶然はないだろう。
渚に甘い、けど素直じゃない僕はどうやって一緒にお風呂に入る言い訳をするつもりなんだろう。















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雰囲気まで甘い。

H23.8.20



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あきゅろす。
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